Le discours de Kono : les détails de la modification à la demande de la Corée du Sud.

Publié le par daisuki

On voit mieux avec ce document la création du discours de Kono. La Corée s'est beaucoup impliquée dans le contenu de ce discours. Kono a été nettement influencé par les demandes Coréennes, ce qui enlève toute la fiabilité de ce discours. C'est dommage.

河野談話作成過程が、この記事でよく見えてきます。韓国は、談話の内容に深く関与していました。河野氏は、談話の信頼性を完全に奪うことになる韓国からの諸要求に、はっきりと影響されていました。残念なことです。 Daisuki


 


 

Le problème des femmes de réconfort. L'intervention de la Corée du Sud. La demande coréenne d'ajouter l'expression « forcée à la vie tragique » dans le rapport sur les faits réels que le Japon avait acceptée.

慰安婦問題、政府報告にも韓国介入 事実認定で「痛ましい生活強いられ」要求、受け入れる

08/01/2014 Journal Sankei

 Le 7 janvier, on a découvert que, non seulement le discours de Kono avait était modifié selon la demande de la Corée du Sud, mais également le rapport de l'enquête ( la reconnaissance des faits réels) était modifié en grande partie. La reconnaissance des faits réels aurait dû exclure le caractère politique. Laisser intervenir la Corée jusqu'à la reconnaissance, la légitimité et la crédibilité sur la reconnaissance du problème des femmes de réconfort du Japon ont été perdues.

慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の「河野洋平官房長官談話」が韓国側の修正要求に沿った「日韓合作」だった問題で、河野談話と同時発表された政府の慰安婦に関する調査結果報告(公式事実認定)も、韓国側の修正要求を大幅に取り入れていたことが7日、分かった。政治性を排除すべき事実認定にまで韓国側の介入を許していたことで、政府の慰安婦問題に対する認識・見解の正当性・信憑(しんぴょう)性は事実上、失われた。


 

Les anciens représentants du gouvernement japonais ont témoigné les détails. La demande coréenne de modification pour le rapport est arrivée le 31 juillet de 1993, quatre jours avant la présentation du discours.

当時の政府関係者らが詳細に証言した。韓国側からの調査結果報告への修正要求は、河野談話発表4日前の7月31日に届いた。


 

Dans le rapport sur les résultats de l'enquête, il y a la reconnaissance des faits réels sur les huit articles . (1) le processus de l'installation des centres de prostitution, (2) la période de l'installation, (3) les régions des centres, (4) le nombre total des centres, (5) le lieu de naissance des femmes, (6) la gestion et l'administration des centres, (7) le recrutement des femmes, (8) le transport des femmes.

D'après un témoignage, la Corée du Sud avait demandé de remplacer l'expression « l'intention des autorités militaires » par « l'ordre » qui montre plus clairement la coercition pour les articles (1) et (7). Les deux pays ont fini par se mettre d'accord avec «  cette demande ».

 調査結果報告は(1)慰安所設置の経緯(2)慰安所が設置された時期(3)慰安所が存在していた地域(4)慰安所の総数(5)慰安婦の出身地(6)慰安所の経営および管理(7)慰安婦の募集(8)慰安婦の輸送等-の8点について、政府の事実認定を記述している。

 証言によると、韓国側は(1)と(7)に対して、河野談話への修正要求と同じく「軍当局の意向」を強制性が明らかな「指示」と改めるよう求め、協議の末に「要請」で決着した。


 

 La Corée du Sud avait demandé de supprimer la partie « il y avait des zones où il n'y avait pas de centre de prostitution, et le pourcentage des femmes par soldat était variable selon des régions, il est incertain que les estimations dans les livres soient conforme à la situation réelle au moment, sur l'article (4) dans le brouillon du Japon.

韓国側は、(4)に関しては日本側の原案に「慰安所が存在しなかった地域も存在し、また兵隊に対する慰安婦の割合も地域ごとにさまざまで、書物などの試算が当時の実態と合致していたか否かは全く不明」とある部分の全面削除を要求。


 

Ensuite, la Corée du Sud avait proposé la phrase alternative «  On peut estimer que de nombreuses femmes de réconfort existaient vu les installations durant une longue période et sur une large zone. », et le Japon l'a accepté comme la reconnaissance de fait réel.

 その上で韓国側は「長期に、また、広範な地域にわたって慰安所が設置されていたことから、相当の数の慰安婦が存在したと推定される」との代替案を示し、これがほぼ日本の事実認定として採用された。


 

Quant à l'article (6), la Corée du Sud avait demandé de modifier « (les femmes de réconfort) avaient des sentiments loin de la liberté » à “ étaient forcées de vivre tragiquement sans liberté », et le Japon l'a totalement accepté.

韓国側は(6)の部分では、原案の「(慰安婦は)自由な境地とはほど遠いところにあった」という記述について、「自由もない、痛ましい生活を強いられた」と書き換えるよう求め、日本側はそのまま受け入れた。


 

Pourtant le Japon a refusé de modifier « il y avait nombreux de cas où les entrepreneurs avaient enlevé des femmes contre le gré en employant des mensonges ou en imposant » à la Corée du Sud qui voulait ajouter «  les autorités » à « les entrepreneurs ».

一方で、(7)の原案の「業者らが或(ある)いは甘言を弄し、或いは畏怖させる等の形で本人たちの意向に反して集めるケースも数多く」の部分では、韓国側は「業者ら」を「官憲または業者ら」にすることなどを求めたが、日本側は拒否した。

    ◇

 NB : le rapport sur le résultat de l'enquête des femmes de réconfort.

L'enquête des documents sur les femmes de réconfort a commencé en décembre 1991, le premier rapport a été publié en avril 1992. Comme la Corée du Sud a encore insisté sur «  la reconnaissance de coercition », le Japon a publié le 4 août 1993 le deuxième rapport qui reconnaissait la coercition avec le discours de Kono.

慰安婦に関する調査結果報告 政府による慰安婦関係資料の調査は平成3年12月に始まり、4年7月に政府の関与を認める第1次調査結果が公表された。ところがその後も韓国側からも「強制性の認定」が強く求められたため、5年8月4日、河野談話と合わせて強制性を認める第2次調査結果が発表された。fin

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千手観音 08/03/2014 03:12

1ケ月程前のニュース記事で申しわけないんですが、こんな記事があります。日本軍慰安婦というと「朝鮮人慰安婦がほとんど」とばっかり思っているヨーロッパ人の方々が多いと思いますが、実際は「日本人慰安婦」が大半を占めていました。

今まで、日本政府は朝鮮人慰安婦やその他に対しては謝罪や見舞金を贈ってきましたが、「日本人慰安婦」に対しては実態調査すらやっていません。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140212/plc14021212470007-n1.htm
なぜ日本人慰安婦には無関心なのか
2014.2.12 12:46

前回の当欄(6日付)では平成5年8月、政府が慰安婦募集の強制性を認めた河野談話と慰安婦に関する調査結果報告を発表するに際し、内閣外政審議室がまとめた記者会見用の想定問答の「嘘」について指摘した。今回は、同様に情報公開請求で入手した外務省による想定問答の「矛盾」を指摘しておきたい。

 A4判30枚、計24問について予想される質問と模範解答を記した文書では、こんな質問が記されていた。

 「(河野洋平)官房長官談話においては、朝鮮半島出身の従軍慰安婦の募集などについて特記されているが、朝鮮半島と他の地域との間で慰安婦の募集形態などに相違があったのか」

 これに対する答えはあっさりとしたものだった。

 「朝鮮半島と他の地域との間で、慰安婦の募集形態などに特段の差があったとは考えていない」

 また、関連して「朝鮮半島出身の従軍慰安婦の募集などについては、『総じて本人たちの意思に反して行われた』と記述されているが、これは、朝鮮半島と他の地域との間で慰安婦の募集形態に相違があったことを示しているのではないか」と追及された場合の回答文も全く同じだった。

 ここから、外務省が河野談話の発表時点で、朝鮮半島もそれ以外の地域も、慰安婦の募集形態は基本的に同じだったと明確に認識していたことが分かる。

現代史家の秦郁彦氏によると、慰安婦の約4割は日本人で、朝鮮半島出身者は約2割だった。想定問答に依拠すると河野談話は、理屈の上ではこの日本人慰安婦についても募集の強制性を認めたものだとなる。

 河野談話は慰安婦募集に関し「業者が主としてこれに当たった」とした上で、こう記述している。

 「官憲等が直接これに加担したこともあった」

 だが、進んで慰安婦になった者は少ないにしろ、日本で官憲(警察官や役人)が慰安婦の強制的な募集に直接加担した悪辣(あくらつ)な事例があったと、これまで耳目にしたことがない。

 日本がそうであるならば、想定問答が「募集形態は同じだった」と明言する朝鮮半島でも、そんなことはなかったとしなければおかしいが、河野談話の趣旨は明らかに異なる。

 相互に矛盾する河野談話と想定問答の書きぶりから浮かび上がるのは、結局、当時の宮沢喜一政権が韓国のご機嫌をとるためにやってもいないことをやったと認めただけであり、そのことを外務省も十分、自覚していたということだろう。

 そう考えると、慰安婦問題の追及に熱心ないわゆる人権派が、なぜ日本人慰安婦には無関心なのかという疑問も氷解する。彼らは韓国をはじめ諸外国の元慰安婦に謝罪することで、「私は良心的だ」との満足を得たいだけなのではないか。

 筆者は12年10月、元慰安婦に一時金(償い金)を支給するアジア女性基金の理事長だった村山富市元首相にインタビューし、こう問いかけたことがある。

 「慰安婦の多くが日本人だったことはどう考えるのか。今後は、日本人も一時金の支給対象とするつもりはあるのか」

 すると、それまで能弁だった村山氏は「うっ」と言葉に詰まったきり、何も答えられなかった。同胞の元慰安婦のことなど、それまで意識になかったのだろう。(政治部編集委員)